【アフターコロナ旅計画】不便な村が面白い、東ブータン染織の旅のみどころ

旅、特に染織の旅なら交通や宿泊が不便で観光客がほとんど行かない村が私は好きです。もしそういう旅を醍醐味と感じられる仲間と一緒なら最高です。

アフターコロナの東ブータン染織の旅は、インドからの陸路入出国が可能か、東部地方の滞在費割引が復活するか、などわからないことだらけです。ですので、具体的にはそのときに考えるといたしまして、見どころをご紹介したいと思います。

 

ブータン全体の大きさは九州と同じくらい。でも、なにしろ山ばかりなので、移動にとっても時間がかかります。そしてぐねぐね道です。それを「大変!」と目を丸くするか、「平気よ。自分で歩くわけじゃないから」と思えるか、が勝負!?

地図
主な染織ポイント。詳しくは下記の記事を参照してください。
移動
これが東ブータンの「幹線道路」です。

 

西ブータンの旅ならブムタンまで足を伸ばして

インドを通ってサンドゥップジョンカルから陸路で入れないときには、東ブータンの村々を巡る旅はちょっと難しくなります。そのときにはパロ空港を利用してブムタンに行きましょう。ブムタンは初代と2代目の王様が住まわれた土地で、由緒ある寺院などの見どころもあります。

ブムタンといえば「ヤタ」と呼ばれるウールの織物が有名です。最近は羊を飼う人が激減し、インドのアクリル糸で織ったヤタがほとんどです。値段も安くてツーリストによく売れるそうです。

染めと織りの名人ソナムさんは、ローカル羊、天然染料で染めたヤタを今も織り続けています。たぶん、表には並べていないので、「ありますか?」と聞いてみてくださいね。

ヤタ織物
ソナムさんは染めと織りの名人。数少ない天然素材のヤタも出してきてくれます。

 

ブムタンの我が家、「レキ・ロッジ」は織り名人のレキ・オンモさんの家族経営の宿です。自家菜園の野菜たっぷりの家庭料理が美味しい!レキさんお抱えの織り子さんたちに先生になっていただいて、織りの体験をしたこともあります。

レキロッジ
レキロッジで輪状整経実習

 

ラディ=野蚕糸の織物「ブラ」の産地

さて、もし東ブータンに行けるなら、はずせないのは「ブラ織物」の産地ラディです。野蚕のエリ蚕の紬糸で織るブラは一見シルクとは思えない風合いとずっしりとした重量感があります。女性の衣装にもなりますが、主に男性の晴れ着の定番です。

村にある質素なゲストハウスに泊まって、朝起きて棚田を眺めながら散歩するのはとても気持ちいいです。温かいシャワーのある町のホテルから往復して、夜は冷えたビールを飲むのもいいなぁ。

ラディではいつもナムゲイさんのご自宅におじゃましています。ラックやアカネ、リュウキュウアイなどの染色と、疑似輪状整経、経浮織りの実演、織ったものの購入、織物好きの至福の1日です。ナムゲイさんの田んぼのお米のご飯も美味しいし、山菜、遊牧民の熟成チーズ、納豆などなど、ナムゲイさんのおうちご飯はホテルでは味わえない本物のブータンの味です!

 

ナムゲイさん
ブラ織物を織るナムゲイさん。力強い打ち込みの音を感じていただきたいです!

 

整経
整経台にかけた経糸。糸は天然染料と化学染料を併用して染めています。

 

サクテン=ヤクフェルトの帽子を被った山岳民族

ブロクパ族と呼ばれる山岳民族の村サクテンには特別な思い入れがあります。外国人の入域制限が解除され、念願叶って2016年に初めてサクテンへ。羊の毛をほぐす人、歩きながら毛を紡ぐ人、軒下の機織り機、サクテンでは染織は暮らしの一部でした。

サクテンのことをもっと知りたくて翌年個人的に滞在しました。雑貨屋を営む家族のもとに居候、アマ(お母さん)に糸紡ぎや機織りを見せてもらいました。アマは私の質問を少しも面倒がらずに「オロ・オロ(いらっしゃい)」と言ってすぐにやって見せてくれました。愛想笑いはしないタイプ、親切で働き者。アマと家族がとてもとても懐かしいです。

アマの家の2階はゲストハウスになっています。町の役人が来たときに泊まるそうです。雑魚寝、トイレ共同、シャワーはなし(バケツのお湯対応は可)でも大丈夫なら、サクテンに2、3泊して、ヤクのフェルト帽子の作り方や糸紡ぎや機織りなど見せてもらって、サクテンの大自然を満喫したら楽しいですよ!夏はヤクたちがもっと高地に行ってしまうので4月か10月頃が良いでしょうか。その時期なら雨が少なく、開通したばかりの未舗装道路で車でサクテンまで行けます。

 

サクテン
薪ストーブでお茶を沸かすアマ。写真撮影用ではなくていつもこの服装です。部屋の中でもフェルトの帽子を被っていました。

 

サクテンの織り
ウールの織物は主に男性の衣装を作ります

 

ゲンパカップ村=誇り高い女性たちが最高級の布を織る

織りが盛んなクルテ地方の中でもゲンパカップ村は私にとって特別な場所です。ガイドには「好き好んで山のてっぺんのゲンパカップ村まで行かなくても、麓のコマ村でも同じ織物は見られるのに」と不思議がられますけれど。

尾根の上は農業をする広い畑は作れません。この村では女性が最高級の織物を織って都会のお金持ちに売って生計をたてています。難しい技術を使った模様を惜しみなく織り込んで、常に新しいデザインに挑戦し続ける彼女たち。「◯◯さん(←有名なお金持ちや身分の高い人)が買った」とか、「王妃さまが結婚披露パレードで着ていた」とか、話してくれた女性たちの誇り高くかっこよかったこと!

ティンレイさんは生まれつき言葉を話すことができず、学校にも行きませんでしたが、織りの技術とセンスと集中力はバツグンで機織りで立派に自立しています。お父さんに「自慢のお嬢さんでしょう」と聞くと、お父さんはまんざらでもなさそうな顔で笑っていました。冬には寄宿舎学校から小学生も帰省します。小さな達人たちに会うなら冬休みの季節もいいな、と思います。

 

ゲンパカップ
機に向かうティンレイさん
織物
輪状整経なので織り進めると最初に織った部分が上から見えてくる

 

トンサ村=自給自足の綿栽培の村

インドから安価な糸が入るようになり、ブータン国内の糸の生産は激減しました。綿花栽培はもうブータンから消えてしまったと諦めかけていたときにトンサ村と出会いました。

トンサ村に行くと村人たちが集まってきて、みんなで順番に綿から種を取り除いて弓でふわふわにほぐし、糸車で紡ぐところを見せてくれました。紡いだ糸はリュウキュウアイやアカネ、ウコンなどで染めます。染める植物も家の脇に植えていたり、近くの森から採ってきます。

車でいけますが、道路はガタガタ、宿もブータン人用のゲストハウスしかありませんが、今となっては貴重な自給自足の暮らし方を知ることができる貴重な村です。

 

綿や道具
左の男性の服はこの村の綿、染色、織り、100%トンサ村製です

 

ウズロン村=ラックの養殖

2019年にはまだラックの養殖をしていましたが、コロナ期間中にやめてしまったのではないかと心配です。ブータンのラック養殖は年々減少。最後の2人になってしまいました。ラック養殖は虫を扱うということで、仏教の国ブータンでは尊敬される仕事ではないのです。そんなことを言う人がいたら、その人の絹の衣装が蛹ごと釜茹でにした糸で作られていることを教えてあげたくなっちゃいます。

ラックはブータンを代表する赤い色。正倉院にもラックが保管されています。貴重なラックの養殖が見られるうちに一生懸命見ておきたいです。

ラック

 

ブータンの旅計画を立てられる日が早くきますように!

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